五線軌条

生活と芸術とか。

極夜抄(二十六)

日本学術振興会の電子システムにログインし、結果を確認した私は、そのままそっとブラウザを閉じた。仮にラップトップで接続していたならば、「ぱたりと閉じた」とでも記述しただろう。生憎私はスマートフォンで結果を見たので、そんな視覚的にわかりやすい行動を取れなかったのだ。
結果、というのは日本学術振興会特別研究員の審査結果である。博士課程或いはそれを志す者は、「学振」の審査に通るか否かで今後暫くが左右されるとも言われる—主に金銭的に。私の結果がどうだったかは書くまでもない。通過していたらブラウザを閉じたりなんてしないだろう。
審査に落ちたのは納得である。しかし、納得できてしまえる点が悔しくて堪らないのだ。私は学部と修士を総合しても経歴書に書けるような学会発表、論文投稿、留学経験、語学検定資格などは持ち合わせていない。そんな奴の「研究推進能力」なんぞ、高が知れているだろう。要は、私はもっと努力すべきだったのだ。小さな機会でも発表をすべきだったし、語学の研鑽も積むべきだった。それをした上で落ちたならば、「ここまでやったのに落ちたのだから仕方がない」と割り切ることもできたのに。
不採用者の中での位置付けは、どうやら悪くはなかったらしい。しかしそれは何の慰めにもならないだろう。目の前にあるのは結果だけであり、假令次点だとしても来年から貰える研究費はゼロなことに変わりはない。

来年一月頭には完成するはずの修論の進捗が良くない私にとって、仮に学振に通っていたら、それは修論を仕上げる動機付けにもなったのだ。それが失われた今、私は消化試合……いや、それを通り越して撤退戦と化した未完成の修士論文に対峙している。留年や自主退学も、さしてあり得ない話でもない。ワハハ、と笑ってみたものの大してうまく笑える訳もなかった。どうせ私は一廉のものになれないまま、飢えて死んでいくのだろう。