五線軌条

生活と芸術とか。

極夜抄(二十五)

短い帰省を終え、都市生活に回帰してから二週間が経過した。今、私は大阪を離れ、東京は丸の内にいる。夜行バスの発車まで時間を潰す場所が見つからなかったため、中央郵便局の脇のベンチで時が過ぎるのを待っているのである。

日中こそ暑くなったが、夜はもう秋の空気だ。ビルの隙間を抜けていく風はひんやりとしており、涼しさを通り越して寒さすら感じる。その寒さを我慢してでもこんなところで待機しているのは、多分丸の内の気風が好きだからだろう。

あらゆる都市景観を考えてみた時、心惹かれるのは程よく整理され、程よくゆとりがあり、清潔で、落ち着きと気品を備えた街である。東京駅丸の内口周辺は素晴らしい。ネオ・ルネサンス様式の中央駅の風格は言うまでもないし、その周囲—すなわち開けたランドスケープを備えた行幸通り、戦間期モダニズムを今に伝える東京中央郵便局、そのファサードを生かしながら広い内部空間を実現させたKITTE、形態自体は無機質にも関わらず何処か温かみを覚える東京海上日動ビル、その他美しいビルディングの群れ—は私にとってのある種のロマンである。大阪だと例えば中之島から北浜にかけての景観やグランフロント大阪。ワクワクとさせる都市空間が具現化されているのだ。

大阪フィルを聴いた帰りに、たまに梅田ではなく北浜経由で帰ることがある。フェスティバルタワーやダイビル等の清潔な高層ビルを背景に日銀や図書館、公会堂や難波橋を眺めながら川縁を歩く贅沢なひとときを、演奏の余韻とともに噛み締めるのだ。

またJR大阪駅で降りる時には連絡橋改札を使うようにしている。大きな庇の下、長いスパンを連結するエスカレーターに乗りながら、グランフロントとそれに繋がる広いペデストリアンデッキを眺めていると、活気と気品を備えた都市のランドスケープを一瞬にして享受したような気持ちになるからだ。

不思議なものだ、そんなはずもないのに美しい都市空間の中では、どんな夢も叶う気がしてしまう。単純な私の心は、それだけで一時的に満ち足りてしまうのだ。夜の丸の内を歩くだけで、凡庸な自分がまるで特別な人間であるかのように思えてくるのだから。

 

とはいえ夜風に当たりすぎて流石に寒くなってきた。どんなにここが素敵な街だとしても、風邪をひくのはごめんだ。風をしのぐため、私は愛すべき都市空間にさよならを告げた、