五線軌条

生活と芸術とか。

極夜抄(三)

起きたら十一時半だった。この時、私は「バイトを辞めよう」と思った。

その日は二限に講義が入っていたのだ。にもかかわらず朝刊配達から帰宅後深い眠りに落ちてしまい、この始末である。

もともと生活習慣は乱れている方だった。朝刊の配達を始めようと思ったのはそれを是正する目的もあった。ところがどうだろう、朝刊は早朝どころか深夜に配達を開始するのである。これでは生活の乱れに拍車がかかるばかりである。そして、ついに寝坊した。

十一時半の私は冷静だった。まず、先生に謝罪のメールを打った。体調不良で誤魔化そうかとも思ったが、別に取り繕う必要もないので正直に「寝坊しました」と書いた。間もなく来た返信で「そういうこともあるよね」、と許してくれたのが幸いである。次に配達店に連絡を入れた。来月末で辞めたい、と。何を言われたものかわかったものではないとヒヤヒヤしていたので録音もした。申し出は思ったよりすんなり受け入れられた。思ってみれば離職率はそれなりに高いだろうから彼方も慣れっこなのかもしれない。

やることが済んでしまえば気持ちは軽くなる。あとひと月我慢すれば人間らしい時間に眠れるのだ。夜中にビールが飲めるのだ。泊まりがけの旅行だってできるのだ。もちろん修士論文執筆に向けての研究に支障が出る、というのが一番の理由ではあるが、ちょっとした日々の楽しみが回復されるのは精神を完全に保つ上で大切だろう。

誰がなんと言おうと、自分の人生だし自分の身体である。少なくとも現在の私は。心身をすり減らしてまでアルバイトができるような状況ではなかったのだ。