五線軌条

生活と芸術とか。

極夜抄(十)

一歩、また一歩と冬が近づくたび、街は恋人たちで溢れるようになる—そんな気がする。あとひと月でクリスマスが来るのだ。

クリスマスという行事は好きだ。本邦においては宗教的文脈を骨抜きにされた催事と化しているが、それはそれで良いものだと思う。しかしまあ、独り身にとってはなんだか淋しくなるのも事実ではある。

私事だが、11月はかつての恋人と仮に交際が続いていれば2年が経過する月であった。そうか、一年前まではぼくにも「恋人」と呼び得る存在がいたのだ。当時は兎も角、今では如何なる感情も抱きようもない。ただ、そんなこともあったのだ、と言うだけの話である。阪急梅田駅からJR大阪駅に至るペデストリアンデッキでは数多のアベックが肩を寄せ合っている。普段からその人の多さに辟易する場所が余計に窮屈に感じる。その印象はグランフロント大阪まで行くと更に強まった。大階段に座るアベックの数は普段の倍ほどに思えたし、眼下に広がるイルミネーションの光芒の一つ一つも心の虚しさに拍車を掛けた。

べつに恋人が欲しいだとか、誰かと一緒にいたいだとか、そういうことではないのだと思う。ただ日々の生活に疲れ、あらゆる楽しみも将来の目的も見失い掛けた結果が、寂しさとして吐き出されているだけなのだろう。12月に入れば心身の、それから時間の余裕が生まれる。そうしたらこの状態も少しはマシになるのだろうか。